物理講義 §1. Lagrange 形式

物理学を勉強したことはないものの, 数学の言葉には慣れている中高生を対象に書きます. 基本的には Nakahara (2003) に沿っていきます.

時間微分を上にドットをつけることで表します. たとえば粒子の位置 $\bm{r}$ の1階時間微分は速度 (velocity) であり $\bm{v}=\dot{\bm{r}}$ となります. 2階時間微分は加速度 (acceleration) であり $\bm{a}=\dot{\bm{v}}=\ddot{\bm{r}}$ となります.

要請1. (慣性の法則) 空間に孤立している粒子が加速度 $\bm{0}$ に見える座標系を慣性系と呼び, 慣性系は少なくとも1つ存在する.

慣性系における粒子の運動を支配する因果律を運動方程式といいます.

要請2. (Newtonの運動方程式) とは粒子の相対位置で決まる粒子間相互作用であり, 粒子に固有な性質と考えられる比例定数 (慣性質量) を $m$ , 加速度を $\bm{a}$ とすれば, $$m\bm{a}=\bm{F}$$が運動方程式である.
定義3. (場) ある値が位置の関数であるとき, その値のがあるという.

スカラーの場はスカラー場, ベクトルの場はベクトル場といいます.

定義4. 位置 $\bm{x}=(x,y,z)$ で $f(\bm{x})=f(x,y,z)$ の値をもつスカラー場に対して定まる $$\operatorname{grad}{f(\bm{x})}=\left(\frac{\partial{f(x,y,z)}}{\partial{x}},\frac{\partial{f(x,y,z)}}{\partial{y}},\frac{\partial{f(x,y,z)}}{\partial{z}}\right)$$ はベクトル場であり, 勾配という. 特に, スカラー場への演算子と考えて, ナブラ演算子 $\nabla$ を$$\nabla=\left(\frac{\partial}{\partial{x}},\frac{\partial}{\partial{y}}, \frac{\partial}{\partial{z}}\right)$$と定義する. すなわち $\operatorname{grad}{f}=\nabla{f}$ である.
定義5. (ポテンシャルエネルギー) 力 $\bm{F}$ の場が, あるスカラー場 $V$ を用いて $\bm{F}=-\nabla{V}$ と表されるとき, 力 $\bm{F}$ は保存力であるといい, $V$ はポテンシャルエネルギーという.
補題6. $$m\dot{\bm{v}}\cdot\bm{v}=\frac{d}{dt}\left(\frac{1}{2}mv^2\right)$$

証明. 積の微分法より, 内積は可換な演算であることに注意して, $$\frac{d}{dt}\left(m\bm{v}\cdot\bm{v}\right)=m\dot{\bm{v}}\cdot\bm{v}+m\bm{v}\cdot\dot{\bm{v}}=2m\dot{\bm{v}}\cdot\bm{v}$$であるから, 両辺を $2$ で割って主張を得る.

定理7. (力学的エネルギー保存則)

保存力$\bm{F}$に対し, 力学的エネルギー$$E=\frac{1}{2}mv^2+V$$は時間によらず一定な物理量である.

$ \dfrac{1}{2} m v ^ 2 $を運動エネルギーといいます.

証明. 補題6, chain rule , 運動方程式を用いて, $$\dot{E}=m\bm{v}\cdot\dot{\bm{v}}+(-F)\bm{v}=0$$より $E$ は時間によらず一定.

物理量が時間によらず一定であるとき, その物理量は保存するというので, 定理6より「働く力は保存力だけならば力学的エネルギーは保存する」といいます.

例8. (一次元調和振動子)

一次元の座標 $x$ に対し, ある比例定数 $k$ を用いて, $F(x)=-kx$ となる力を考える. このとき $V(x)=\dfrac{1}{2}kx^2$ は $-\nabla{V(x)}=-kx=F(x)$ を満たすので, 力 $F(x)$ は保存力であり, $V(x)$ はポテンシャルエネルギーであった.

なお, 本稿では詳しく論じないため省きますが, 摩擦力は非保存力の代表例です. 摩擦力がどうやって表されるかはさておいても, ポテンシャルエネルギーの意味を考えれば非保存力であることは即座に納得がいくはずです.

さて, 今まで述べたのはNewton力学と呼ばれる体系でしたが, Newtonという名前がついているように歴史的な意味合いが色濃く残っているため, いくつかの欠点があります.

  • Descartes 座標でなければ運動方程式は非常に難しいものになる.
    たとえば2次元極座標系での運動方程式ならまだ大学入試レベルでさえ用いることはできますが, 3次元極座標系の運動方程式を暗記している人間はまずいません. しかも極座標系という割と素直な座標系ですらそうなんですから, もっとヘンテコリンに取れば複雑怪奇なものになることは予想に難くありません.
  • Newtonの運動方程式は2階の微分方程式であるから大域的な情報が取り出しにくい.
  • 対称性に着目した考察が困難.
  • 束縛条件を考えるのが大変.
    たとえば「物体が台上を動く」という束縛条件なら容易ですが, もっと複雑な束縛条件を考えるのは相当に困難です.
  • 量子力学はNewton力学を土台にしていない. これは物理学に内在する問題というよりは, 勉強していく中での困難ですが......

そこで, こういった弱点を克服した Lagrange 形式というものを学んでいくことにしましょう.

定義9. (汎関数)

ベクトル空間から係数体への写像を汎関数という.

定義10. (汎関数微分)

汎関数 $\Phi$ の増分 $\Phi(\gamma+h)-\Phi(\gamma)=F+R$ が, $F$ が $h$ に対して線形であり, $R(\gamma,h)=O(h^2)$ を満たすとき, 微分可能であるといい, $F(h)$ を微分あるいは変分という.

汎関数が微分可能であれば, その微分は一意に定まることが示されます (証明略).

定理11.

汎関数$$\Phi(\gamma)=\int_{t_0}^{t_1} L(x,\dot{x},t)dt$$は微分可能で, その微分は$$F(h)=\int_{t_0}^{t_1}\left(\frac{\partial{L}}{\partial{x}}-\frac{d}{dt}\frac{\partial{L}}{\partial{\dot{x}}}\right)hdt+\left.\left(\frac{\partial{L}}{\partial{\dot{x}}}h\right)\right|_{t_0}^{t_1}$$

証明. $$\begin{aligned}&\Phi(\gamma+h)-\Phi(\gamma)\\&=\int_{t_0}^{t_1}\left[L(x+h,\dot{x}+\dot{h},t)-L(x,\dot{x},t)\right]dt\\&=\int_{t_0}^{t_1}\left(\frac{\partial{L}}{\partial{x}}h+\frac{\partial{L}}{\partial{\dot{x}}}\dot{h}\right)dt+O(h^2)\\&=F(h)+R\end{aligned}$$となり, 部分積分$$\int_{t_0}^{t_1}\frac{\partial L}{\partial \dot{x}}\dot{h}dt=-\int_{t_0}^{t_1}h\frac{d}{dt}\left(\frac{\partial L}{\partial \dot{x}}\right)dt+h\left.\frac{\partial L}{\partial \dot{x}}\right|_{t_0}^{t_1}$$により主張を得る.

定義12. (極値曲線)

微分可能な汎関数の極値曲線とは, 微分が $0$ となる曲線のことを指す.

補題13.

連続関数 $f(t)$ $(t_0\leqq t\leqq t_1)$ が, $h(t_0)=h(t_1)=0$ である任意の連続関数 $h(t)$ に対して, 常に $$\int_{t_0}^{t_1}f(t)h(t)dt=0$$であれば, $f(t)$ は恒等的に $0$ である.

証明. 略.
定理14.

2定点 $(t_0,x_0)$, $(t_1,x_1)$ を通る曲線の作る空間で, 曲線 $\gamma\colon x=x(t)$ が汎関数 $\displaystyle\Phi(\gamma)=\int_{t_0}^{t_1} L(x,\dot{x},t)dt$ の極値曲線となるための必要十分条件は, この曲線に沿って Euler-Lagrange 方程式$$\frac{d}{dt}\left(\frac{\partial L}{\partial\dot{x}}\right)-\frac{\partial L}{\partial x}=0$$が成り立つことである.

証明. 定理11より, $$F(h)=-\int_{t_0}^{t_1}\left(\frac{d}{dt}\frac{\partial{L}}{\partial{\dot{x}}}-\frac{\partial{L}}{\partial{x}}\right)hdt+\left.\left(\frac{\partial{L}}{\partial{\dot{x}}}h\right)\right|_{t_0}^{t_1}$$ここで, 2定点を通ることを仮定していたので, $h(t_0)=h(t_1)=0$ である. ゆえに, $\displaystyle\left.\left(\frac{\partial{L}}{\partial{\dot{x}}}h\right)\right|_{t_0}^{t_1}$ という項は消えるから, $$F(h)=-\int_{t_0}^{t_1}\left(\frac{d}{dt}\frac{\partial{L}}{\partial{\dot{x}}}-\frac{\partial{L}}{\partial{x}}\right)hdt$$となる.

$(\implies)$ $\gamma$ が極値曲線であれば, $h(t_0)=h(t_1)=0$ なるすべての $h$ に対して $F(h)=0$ である. したがって, $\displaystyle f(t)=\frac{d}{dt}\frac{\partial{L}}{\partial{\dot{x}}}-\frac{\partial{L}}{\partial{x}}$とおけば, このような$h(t)$に対して$\displaystyle\int_{t_0}^{t_1}f(t)h(t)dt=0$となる. 補題13より $f(t)\equiv0$ となる.

$(\impliedby)$ $f(t)\equiv0$ なら明らかに $F(h)\equiv0$.

例15. (曲線の長さ)

$L=\sqrt{1+\dot{x}^2}$ に対し, $$\dfrac{\partial L}{\partial x}=0$$であるから, Euler-Lagrange の方程式より$$\quad\dfrac{d}{dt}\left(\dfrac{\dot{x}}{\sqrt{1+\dot{x}^2}}\right)=0$$となる. また, $$\quad\dfrac{\partial L}{\partial\dot{x}}=\dfrac{\dot{x}}{\sqrt{1+\dot{x}^2}}$$であるので, $$\dfrac{\partial L}{\partial\dot{x}}=\dfrac{\dot{x}}{\sqrt{1+\dot{x}^2}}=c$$とおける. そこで, 簡単な式変形をしてもう一度定数を置き直して整理すれば, $$\dot{x}=c_1$$を得る. よって, 積分することで, $x=c_1t+c_2$ (ただし $c_2$ は積分定数) となり, たしかに長さの極値曲線が直線となるという有名な事実が確かめられた.

なお, 曲線が汎関数の極値曲線であるという性質は座標系のとり方によらないことに注意してください.

定理16. (Hamilton の最小作用の原理)

力学系$$\frac{d}{dt}(m_i\dot{\bm{r}}_i)+\frac{\partial U}{\partial\bm{r}_i}=0$$の運動は, 汎関数$$\Phi(\gamma)=\int_{t_0}^{t_1}Ldt$$の極値曲線と一致する. ただし, $L=T-U$ は運動エネルギーとポテンシャルエネルギーとの差である.

証明. ポテンシャルエネルギーは位置の関数であり, 運動エネルギーは速度の関数であるから, 定理14より従う.

系17.

$(q_1,\dots,q_{3n})$ を $n$ 質点からなる系の任意の座標系とする. このとき, $q$ の時間変化はEuler-Lagrangeの方程式に従う. すなわち, $$\frac{d}{dt}\left(\frac{\partial L}{\partial\dot{q}}\right)-\frac{\partial L}{\partial q}=0\quad(L=T-U)$$

証明. 定理16より明らか.

力学では, $L(\bm{q},\dot{\bm{q}},t)=T-U$ をラグランジアン (Lagrangian), $q_i$ を一般化座標, $\dot{q} _ i$ を一般化速度, $\dfrac{\partial L}{\partial \dot{q} _ i}=p _ i$ を一般運動量, $\dfrac{\partial L}{\partial q_i}$ を一般力, $\displaystyle\int_{t_0}^{t_1}L(\bm{q},\dot{\bm{q}},t)dt$ を作用といいます.

また, 一応 Lagrange 系の厳密な定義も述べておきましょう.

定義18. (Lagrange 系) $M$ を可微分多様体, $TM$ を接バンドル, $L\colon TM\to\mathbf{R}$ を微分可能な関数とする. 写像 $\gamma\colon\mathbf{R}\to M$ が, 配位空間 $M$ と Lagrange 関数 $L$ をもつ Lagrange 系における運動であるとは, $\gamma$ が $$\Phi(\gamma)=\int_{t_0}^{t_1} L(\dot{\gamma})dt$$ なる汎関数の極値曲線であるときをいう. ここで, $\dot{\gamma}$ は速度ベクトル, $\dot{\gamma}(t)\in TM_{\gamma(t)}$ である.

最後に大事な注意をします. 作用自体はどんな道を通っても構わなかったのに, Newton力学で実現されるのは極値曲線となるのでした. このことは経路積分を学ぶことでよりクリアに位置づけられるでしょう.

参考文献

Nakahara, M. (2003). Geometry, topology, and physics (2nd ed.). (Graduate Student Series in Physics). Institute of Physics Publishing.
Arnol’d, V. I. (1989). Mathematical methods of classical mechanics (Weinstein, A., Vogtmann, K., Trans.). Springer-Verlag New York. (Original work published 1974).